本の感想。『真実の10メートル手前』米澤穂信

本の感想。『真実の10メートル手前』米澤穂信 著

短編集です。
『さよなら妖精』の登場人物、大刀洗万智が主人公となっています。

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「真実の10メートル手前」

表題作。

ウェイターの国籍を類推するまでの推理は流石。

たしかにこの作中の「質問に対する答え方の日本語と英語の違い」は常々難しいな~と思っていることでした。

この作品だけ、万智がまだフリーランスではなく「東洋新聞の記者」という設定です。

「正義漢」

同じく万智が主人公となっている長編『王とサーカス』は既読で、『さよなら妖精』の他の登場人物は出てこないのかな~と思っていたのですが、短編「正義漢」では、名前こそ呼ばれませんが守屋君も登場しています。

「早く帰りたい……」

「弱音なんて珍しいな、センドー」

センドーは彼女、大刀洗万智の、高校時代の渾名だ。入学早々机に肘をつき、舟を漕いでいたので、船頭と呼んだことがきっかけだった。

『さよなら妖精』のファンとしては嬉しかったです。

「ナイフを失われた思い出の中に」

「ナイフを失われた思い出の中に」では、マーヤのお兄さんも登場します。

それは非常に薄いコーヒーだったが、私はこの日本風のコーヒーにも既に慣れていた。

この「日本のコーヒーは味が薄い」というエピソード、『さよなら妖精』でマーヤも言っていたなぁ、と懐かしく思い出しました。

「浜倉」という地名で語られていますが、おそらくこの地のモデルは鎌倉、と思っていたら、案の定、初出は『蝦蟇倉市事件』(がまくらという土地が舞台になっていますが、やはりモデルは鎌倉市)というアンソロジー企画物でした。

「現在わたしたちが通っている道はこのまま真っ直ぐ、その神殿まで通じています。祀られているのは八幡という戦いの神ですが、わたしたちはあまり戦いに関係なく、神殿を訪れます。」

この描写は鶴岡八幡宮と若宮大路の段葛ですね。

この短編で大刀洗万智の記者という仕事をする上での姿勢というか心の在り方が描かれていました。

作者あとがきにも

事件そのものは暗号ミステリであり、小説としては大刀洗万智の覚悟を問うものになった。

とありました。

この短編の最期の方のマーヤの兄の感想↓

私は思い出す。十五年前の、妹の言葉を。

日本に友人ができた。純真な者や正直な者、優しい者が彼女の友になった。そして、センドーと呼ばれていた少女は、とても恥ずかしがり屋だったという。

いま、その恥ずかしがり屋の少女は記者の女性となり、誇りを胸にしながら、しかし恥ずかしがってその誇りを語らない。

万智の照れ屋さんっぷりは『さよなら妖精』でなかなか自論(推理)を展開しなかった時と変わらないようです。

米澤さんといえば最近実写映画にもなった『氷菓』をはじめとする古典部シリーズや小市民シリーズが有名ですが、私は『さよなら妖精』が一番好きです。

本日もお読みいただきありがとうございます。

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