本の感想。『浮遊霊ブラジル』津村記久子 著
津村記久子さん強化月間のラスト。
短編集です。
印象に残った作品
短編の中で印象に残った作品をいくつか。
「うどん屋のジェンダー、またはコルネさん」
おいしいうどんを出すけれど、女性客にだけ「うどんの食べ方(薬味のかけ方&混ぜ方)」を指導するうざい店主がいる店のお話。
静けさ。この話におけるうどん屋には、それが全くない。常駐している店主と思しきおやじが、超気さくという態で客に話しかけまくる店。
この店主のトークも、店の売りの一つと考えて良い、と雑誌などにはある。
トークの内容は、要するにうどんの食べ方のハウツーである。
私は、最後の一本を口に入れながら、そういえばここの店主は女にしか話しかけないぞ、ということに気がついた。
作品に登場するうどんはすごくおいしそうです。
そして、作り方を説明するおやじはどこまでもうざい。
よく、「店員さんがお客さんに食べ方指導をする店」ってありますが、私は苦手(お勧めの食べ方教えます程度ならいいんですが、徹底指導的なノリだとしんどい)。
どんなにおいしくても無理。
この作品に登場するコルネさんの「必ず初めてかどうか訊かれてそれに答えるっていうやりとりが辛いの。うどんしか食べられないぐらい疲れてる日もあって、そんな日は口もききたくないの。それでもすごくおいしいから食べに来るの、きょうは放っておいてくれるかなって思うの」というくだり、お気の毒過ぎて胸が痛みました。
うどんもお店の雰囲気もリアルで、「モデルのお店があるのかな~」なんてぼんやり思いました。
とにかくこの作品に登場するうどんがおいしそう過ぎて読んだ後、うどん食べました。
「地獄」
タイトルとは裏腹に、なんだか楽しい雰囲気のお話でした。
会社組織のように、総務部だとか経理部といった部門の名前はないので、私自身もはっきりとは決めつけがたいのだが、私の落ちた地獄は、物語消費しすぎ地獄ということになると思う。
飽食の罪というのがあるけれども、私は飽・物語の罪で地獄にいるようだ。
確かに私は、ピーク時には一日にドラマを最低三本は観て、ドキュメンタリーも一本観て、映画は週に三本観て、小説は月に十冊読んで、マンチェスター・シティとシャルケ04とアスレティック・ビルバオとセレッソ大阪の試合の放送は欠かさず観戦し、ツール・ド・フランスを始め、ジロ・デ・イタリアや、ブエルタ・ア・エスパーニャといったグランツールの期間はほとんど眠らず、冬はモーグルとアルペンスキーとアイスホッケーを観て、インターネットでは人生相談を読みまくり、喫茶店では隣の客同士の話を聞きまくり、趣味は世界史の年表を読むことで、虚実両方の物語をすごい勢いでたしなんでいた。
おまけに職業は小説家だった。
超多忙、そしてすっごい楽しそうです。
というか、これ、津村さんの日常では?という疑問も無きにしも非ず。
以前夫に「巨万の富を得たら何したい?」と訊かれ「お金のことを考えずに気になる漫画を片っ端から読みまくりたい」と答えたら、そんなんでいいの?と聞き返されましたが、本当にそんなことができたら・・・と夢想する日々。
この地獄に落ちた主人公の女性の老後の過ごし方なんてほんと理想に近いです。
「浮遊霊ブラジル」
表題作です。
主人公がアラン諸島へ行けるのか・・・行けないのか・・・アラン諸島への心残りと人から人への乗り換えが楽しかったです。
というか、最初、「アラン諸島」と言われてどのへんかよくわからず。
セーターのアラン模様のアラン諸島だと、しばらくして気づきました。
淡々とした主人公(津村作品では淡々とした主人公が多い気がする)と憑りつく人々の人間模様、とても楽しく読めました。