本が好きです。
普段は図書館で借りて読んで返却して終わり、なんですが、時々どうしても手元に置いておきたい本が出てきます。
こちらはその類の本で、初めて読んだのは高校生の時でした。
文章だけでこんなに鮮やかに美しい情景が描けるのかと、本当に驚いた1冊です。
未だに、この本以上に美しい情景を描いている小説を私は読んだことがありません。
『夏帽子』長野 まゆみ
鉄道は森の懐に抱かれ、雲ひとつなくひらけているはずの蒼天を梢に隠した。木の間から、ちらちらと垣間みる天は、葉群に吊るした青硝子の電球のように煌いている。
-中略-
「ご覧になったでしょう、」
少年は、紺野先生の顔を見つめている。
「何を、」
質問が唐突であったので、紺野先生は少し途惑って訊き返した。少年はクスッと笑う。
「白檜曾に吊るしてあった電球のことですよ。冬のあいだ、青い硝子はああして晒しておくんです。そうすれば、夏にはもっと濃い瑠璃色になる。僕が今、ここに持っているのは早摘みの淡青で、鶏の飼育に使います。小屋にこの電球を灯しておくと、とても美味しい卵を産むんです。」
「ぼくをからかうのかい、」
紺野先生は少し愉しくなって、少年の顔を覗きこんだ。
引用『夏帽子』より
紺野先生という臨時の理科教師と少年との交流のお話。
うつろう四季、描かれる日本の自然が美しい。
幻想的でありながらリアルな空気感があり、雨の場面では読んでいるだけで空気の湿度や雨のにおいが感じられます。
檜葉の木立にはいって、雨の音が変わった。鱗片状の葉に滴が沁みこむ。しっとりと重くなった枝葉は天水のほとんどをうけとめ、木の香をただよわせた。
私の持っている作品社のハードカバー版はすでに絶版のようです。
文庫版が河出文庫から出ています。